カレンダー
検索
カテゴリ
全体 デジタル フォトグラフィ アイデア メタデータ コンテンツ ヘリテージ インフラ クリティーク ナレッジ エシック マネージメント パラダイム スードウ セキュリティ イベント ソフトウェア ソシアル プリント ワード リポジトリ アーカイブ リンク
フォロー中のブログ
最新のトラックバック
ライフログ
以前の記事
2017年 02月 2016年 03月 2015年 12月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 09月 2014年 05月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 04月 2013年 02月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 2004年 08月 2004年 03月 2004年 02月 その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
丁酉平成如月
2005年 08月 22日
現在の関東平野の基本形状は、概ね下末吉期の浅海底を基盤としている。約13万年前の下末吉海進で形成された、極めて遠浅の浅海底堆積層が、最終氷期に向かう海退期に離水した。樹枝状、鹿角状に枝分かれした澪筋(浅い水路)が形成された瞬間である。そう、今日よく目にする台地内の谷戸地形は、下末吉面離水時に形成された、鹿角状の澪筋が原形なのだ。
ではなぜ、そんな古い地形が保存されたのか。それは、離水した面には、流水による掃流作用が及ばないからだ。 ・・・すると、何ということでしょう(劇的ビフォーアフター風)。関東平野西方の火山を起源とする火山灰が、風成層(レス)となって間断なく堆積し、離水面を厚く覆い、不思議な台地を形成していったのです。元の澪筋には、常に水が集まり、掃流作用でテフラ堆積が妨げられ、そのままでいる内に、周囲の微高地が何時のまにか台地にまで成長してしまったのです。堆積速度は、東京だと、大雑把に1万年1mです(ほんとは、西方ほど厚く、東方では薄くなるけど)。 せっかく離水した下末吉面だが、氷期の進行で海面が低下すると、大河川(多摩川や利根川クラス)の強力な浸食作用が及び、下刻や側方侵食でだいぶ削られてしまった。それで形成されるのが武蔵野礫層(大雑把)。下がった海面が河川による侵食基準面になるから、武蔵野礫層の縦断面は、残った下末吉面より急勾配になる。これでなおさら下末吉面の比高が増す。この後、立川面が形成されるが、まあ似たような話。 離水(水域や河道がそこから退くこと)後に、風成層がたまり続けるのは、どの地形面でも一緒。武蔵野期や立川期の旧河道は、蛇行はしているが、下末吉期の澪筋に由来する鹿枝状に比べれば、ずっと伸び伸びしたものだ。河道底にある礫層は、当時のままであり、谷底の標高は基本的に変わらず、周囲の離水面が風成層の堆積で高度を増していった。 #急斜面での風成層の堆積は悪いだろう。雨水で、定着前の細砕物が下方移動するかもしれないし、麓部が風の吹き溜まりになって風成層が発達するかもしれないし、あるいは流水が蛇行して谷底を常に均しているかもしれない。谷と台地の境がどうなるのか(斜面とか崖になりそうだが)、その辺はちょっと曖昧。 なお、下末吉期の浅海底面は、殆ど水平みたいなものだったろうが、構造盆地運動により、現在では山地寄りほど隆起している。平野部における丘陵域は、古い台地に他ならず、鹿角状の谷地形の起源は同じことだろう。 まとめ:台地の端部(あるいは丘陵)に見られる谷戸地形は、基本的に侵食によって形成されたのではない。刻まれたのでなく、周囲に土が天から降って盛り上がった結果なのだ。 -- #なお、本稿は肝心のところで未検証である。
by renes
| 2005-08-22 00:58
| ナレッジ
|
ファン申請 |
||