高松塚古墳壁画問題については、どうもよく分からない。
ブログ時評に詳しい論評がのった。この問題については
大地舜さんのコラム「今週の疑問」も必読だろう。
高松塚古墳壁画は漆喰に書かれたフレスコ画の仲間らしい。詳しくは明治大学博物館公開講座の第5講「
ジャーナリストから見た考古学と社会-古墳壁画保存の問題を中心に-」(Q&A)参照。古墳壁画はフレスコセッコ(乾式)に相当するとある(これは日本での公式見解のようだが、ブオン・フレスコ-湿式-でないのかどうかは後述するように、ちょっと微妙)。漆喰には「すさ(紙の繊維)や糊が混ぜてあり、有機質なので1300年もたつと失われてしまって、すかすか」になっていたらしい。「それに対し、フレスコは消石灰に砂を混ぜて塗り固められているので、漆喰よりは傷みにくいという見方も」あるとか。
高松塚は発見当時から漆喰はぼろぼろだったらしい。それを樹脂で何とか持ちこたえさせようという方針で現在まで来たわけだ。ここで興味深いのが
天漢日乗さんの指摘。壁画発見の年、直ちにフランスの専門家2人に見てもらい、「フレスコであることはほぼ確実と思われる。石灰層内への顔料の浸透がはっきり観察できる」「石灰層の現状は極度に危険である。層は剥離している」「この壁画は、剥がして強化し、移し替えを行うべきであると思われる」との所見を得ていた。しかし現実には、剥すという案は実行されないどころか、一顧だにされなかったように思われる。
そういえば(高松塚の真相から長らく遮断されていた)考古学関係者から出てくる最近の意見は圧倒的に解体案に冷淡である。という事は、70年代初頭においても、感覚は同様であろう。どうも、現地保存原理主義のようなものが感じられる。高松塚問題の抱える障壁は、文化庁なのか、日本の考古学(あるいは文化財の世界)の感覚なのか、微妙な気がしてきた。担当者は、仕事の上と横と下をふさがれていたのかもしれない。
※役所の制約、学界の目、国内世論